皆さんは電子部品、特に半導体部品を購入する際に正規の販売ルートから購入していますでしょうか。世の中には全く同じ品番・見た目であっても、なぜか非常に廉価であったり明らかに怪しいルートで販売されている電子部品を見かけます。
今回はそんな偽物と思わしきパワー半導体をいくつか入手してみて、そしてキーサイト・テクノロジー様の協力のもと、カーブトレーサーやダブルパルス試験装置でデータシートにも載っていないような特性を色々と調査してみました。
なお、今回のブログ記事はこちらの動画で行った半導体試験の測定結果についてまとめたものです。動画本編ではキーサイトにお邪魔してイチケンが測定を行う様子や、自作のDCDCコンバータに実際に組み込んでの使用テストなどもしていますので、是非動画の方もあわせてご覧頂けると嬉しいです。
また、今回の記事では主に測定結果についてまとめています。動画のその他の部分についても当ブログで記事化していますので、あわせて読んでいただけると嬉しいです。
測定を行うにあたって
今回キーサイトから借りた測定機器
今回は八王子のキーサイト本社にお邪魔するにあたって、主に次の2台の機器を測定に使わせていただきました。
1. カーブトレーサー B1506A
キーサイト独自の設計によりケーブル接続が不要になったB1506Aでは、オペレーターによる差異をなくして安定した測定を行うことが出来ます。また、温度特性評価のためにサーモストリーム制御または温度プレートを使用することができ、幅広い電圧/電流レンジとあわせて非常に使いやすいカーブトレーサーとなっています。
2. ダブルパルス試験装置 PD1500A
様々なディスクリート部品に対応できるダブルパルス試験装置です。ワイドバンドギャップパワー半導体各種のダイナミック特性を、全て自動化された測定により高い再現性で測定することが出来ます。ロック付きの防爆カバーも装備されていますので、普段パワー半導体を破裂させる機会がある人にはとても良い測定プラットフォームかと思います。
もっと詳しく知りたいという方は以下のリンクからどうぞ(キーサイト・テクノロジーのページに飛びます)
用意したパワー半導体
動画本編では主に一つのMOSFET(IRFP260NPbF)を使用していましたが、実はこの他にも撮影に入る前の段階で複数のNch-MOSFETを検査してその特性を取得しています。今回の企画を行うにあたって用意したパワー半導体が次のとおりです。
- IRFP4227PBF
- STW77N65M5
- STW33N60M2
- SIHG73N60E
- IRFP260NPBF
それぞれ中華系通販サイトなどで購入した出自の怪しいものと、正規の販売ルート(DigiKeyなど)から購入した本物を用意しました。
測定結果(カーブトレーサー)
1.IRFP4227PBF
本物
偽物
2.STW77N65M5
本物
偽物
3.STW33N60M2
本物
偽物
4.SIHG73N60E
本物
偽物
5.IRFP260NPBF
本物
偽物
測定結果(ダブルパルス試験)
本物と偽物の違いを見てみる
ここからは取得した測定結果から、偽物と本物でどのような差があるのかを見ていきます。なお、今回は測定した半導体の中でもその性質の違いがよく現れていた「IRFP260NPBF」の結果を主に取り上げます。
が、その前にまず「IRFP260NPBF」のスペックをデータシートから見ていきます。
耐圧は200V、オン抵抗は0.04Ω(40mΩ)とオン抵抗が低めのMOSFETです。定格のドレイン電流は25℃時で50AのパワーMOSFETです。これらの各パラメータが実際にはどうなっているのか、まずはカーブトレーサーで実際に測定した結果から見ていきます。
カーブトレーサーの測定結果
まずはカーブトレーサーの測定結果です。今回比較するにあたって重要なところだけを抜き出して一枚の表にまとめました。データシートの値と本物・偽物の測定データを記載しています。
本物についてはデータシートに記載の値とほぼ変わりません。ブレークダウン電圧やオン抵抗、その他寄生容量の値などもほぼ誤差の範囲と言ってよいでしょう。
ゲートチャージはデータシートの値と比較してかなり低くなっています。本物でデータシートの値の半分程度、 偽物ではさらに差が開いてデータシートと比較して1/10程度という測定結果になりました。
偽物の測定結果ですがオン抵抗が高いことが分かります。本物がデータシートの40mΩに近い数字となっているのに対して、偽物は152mΩと4倍近い数字になってしまいました。それぞれの寄生容量についても偽物は本物・データシートと比較して4分の1から5分の1と、かなり小さくなっていることが分かります。
これらの測定結果から
- 本物は偽物と比較して「オン抵抗が低く」「ゲートチャージが大きい」
- 偽物は本物と比較して「オン抵抗が高く」「ゲートチャージが小さい」
ということが言えます。
MOSFETのオン抵抗とゲートチャージはトレードオフの関係にあります。これはオン抵抗を低くしようとした場合、製造の段階でチップの面積を大きくすることが求められるためです。
今回の正規ルートから購入した本物と非正規ルートから購入した偽物を比較すると、面白いように反対の性質を持っていました。本物が大電流向けの製品であるのに対して、偽物は高速スイッチング向けの製品をリマークしたものである可能性が高いです。
ダブルパルス試験の結果もみてみる
ダブルパルス試験の結果も見ていきます。
カーブトレーサーがパワー半導体の静特性を取得していたのに対して、ダブルパルス試験では動特性を取得しています。 オシロスコープで測定した波形からデータシートの形式にして出力してくれます。
こちらのシートには本物と偽物の測定データがグラフで書かれています。、各グラフの左側二本が本物、右側二本が偽物の測定結果です。
カーブトレーサーで取得した静特性でもある程度わかっていたことですが、本物は偽物よりもゲートチャージが大きいためスイッチングにかかる時間が偽物よりも2.5倍程度長くなっています。ターンオン・ターンオフのディレイタイムなどは倍以上の差がついています。
VDSのライズタイムとフォールタイム(たち上がり/たち下がり)の測定結果も本物と偽物ではっきりと差が現れています。偽物の方が本物よりゲートチャージが低い分、スイッチングにかかる時間も少なくなっていることが分かります。
スイッチングにかかる時間が少ない分、偽物の方がスイッチング損失は低いという結果も取得できました。本物のほうがスイッチング損失が大きくなっています。
MOSFETのボディダイオードについて、先程カーブトレーサーで取得した測定グラフでは本物と偽物で似たような形となっていましたが、ダブルパルス試験で装置でダイオードのリカバリー時間などを取得してみると差があることが分かりました。本物のほうが明らかに長いです。
このようにダブルパルス試験を行うことで、静特性の試験では分からなかったような特性が分かるようになります。
まとめ
ここまで正規ルートから購入した本物のMOSFETと、非正規ルートで入手した偽物のMOSFETの特性について、キーサイトの試験装置を用いてその特性を詳しく評価してきました。
カーブトレーサーとダブルパルス試験の結果から、偽物と本物のMOSFETは全くの別物であるということが判明しました。今回使用した IRFP260NPBF については、本物は大電流に対応したMOSFETであるのに対して、偽物は低電流品であることが分かりました。
ちなみに今回測定を終えたMOSFETを実際に分解もしてみました。内部に使われている半導体チップのサイズは大きく異なっており、偽物の半導体チップの面積は本物比で25%となりました。 チップ面積が狭いのでオン抵抗が大きい結果が出たものと思われます。
動画はこちらから
なお、動画本編では今回調査したMOSFETの試験の応用として自作の1kW(1000W)出力可能なDCDCコンバータに組み込んでのテストなども行っています。実際に八王子のキーサイトにお邪魔しての撮影パートもありますので、まだ見ていないよという方は是非ご視聴頂けると嬉しいです。
また、測定結果以外の動画本編部分についてまとめたブログ記事も作成しています。こちらも合わせてお読みいただけるとうわしいです。
コメント