通常の1/10の価格で販売されている「非正規ルート」から仕入れたパワー半導体(Nch-MOSFET)の性能をチェック!

前回のブログ記事では、非正規ルートと正規ルートから入手したMOSFETをキーサイトのカーブトレーサーダブルパルス試験装置を用いて、その特性についての測定と結果の考察を行いました。

今回は実際にキーサイト社にお邪魔してイチケンが半導体の試験を行う様子から、実際に本物と偽物のパワー半導体を自作のDCDCコンバータで使用したときにどのような変化があるのかを見ていきたいと思います。

既に動画も公開されていますので、是非こちらもご覧ください。

また、MOSFETの特性検査の結果については 前回の記事 で詳しく紹介しています。データシートにも載っていないような特性の取得などしていますので、測定結果をよく見たいという方はそちらをご覧ください。

目次

今回測定するパワー半導体

今回用意した半導体はこちらのパワーMOSFETです。3端子のものを使います。

左側が正規ルートから入手したパワー半導体で、右側が非正規のルートから入手した怪しいパワー半導体です。ちなみに非正規ルートから入手したものについては事前の検査で偽物であることは判定済みです。

前回の試験結果比較に続き、DCDCコンバータに組み込んで実験に使用するパワー半導体が「IRFP260NBPF」です。インターナショナル・レクティファイアー社から発売されたMOSFETで、現在はinfineon社から販売されています。

正規品の定価は小ロットの場合650円/1pcs、大ロットで購入しても300円程度。それに対して非正規ルートから入手した偽物については80円/1pcsと、およそ7割引の金額で購入できました。この時点でかなり怪しいです。

外観を見る限りでは、

  • I・Rの刻印部分に違いがある
  • 偽物はリード足が何故かはんだで濡れている

といったような違いがあります。どこかで使用されていた機材から取り外された中古であったり、さらに刻印を偽装(リマーク)されたものである可能性が高いです。

ただし、価格や刻印については生産ロットや入手状況によって異なる場合もありますので、安価に入手したMOSFETが本物であるか偽物であるかをこれらの違いだけで見分けるのは至難の業です。ですので、今回はキーサイト・テクノロジー社に協力いただいてパワー半導体を専用の試験装置で評価してみたいと思います。

キーサイトにやってきた

というわけでパワー半導体の測定をするために、八王子にある「キーサイト・テクノロジー株式会社八王子本社」までやってきました。

キーサイトですが、高周波関連の測定が非常に有名な会社です。ですがパワー半導体(パワエレ)の計測機器についてもかなりしっかりと開発を行っているようで、今回カーブトレーサーを1台と、ダブルパルス試験装置を2台用意してもらうことが出来ました。

一番左側の大きな装置はダブルパルス試験装置で、内部にはパワーモジュールなどを試験する装置。中央のオシロスコープがそのまま乗っている装置もダブルパルス試験装置で、こちらはディスクリート部品の測定を行う装置となっています。ダブルパルス試験では半導体の動特性の測定を行います。

そして一番右に置かれているやや小さめの装置は、カーブトレーサーという半導体の静特性の測定を行う装置です。このあと実際に使用してみたいと思います。

こぼれ話

ご存知の方も多いかとは思いますが、キーサイトは現在の社名となる以前に何回か社名が変更されています。

源流をたどると、今ではパソコンで有名な「ヒューレット・パッカード(HP)」でしたが、HPが計測機器部門とコンピュータ部門で分社化する際に「アジレント(Agilent Technologies)」という組織になりました。その後アジレントがさらに電子計測機器部門と化学分析の部門を分社化し、現在の「キーサイト(Keysight Technologies)」に至っています。

余談ですが、HP時代には日本の横河電機と協業しており、「横川・ヒューレットパッカード」というブランドを冠して製品を世に送り出していたという時期も存在します。

カーブトレーサーを使ってみる

話を戻してここからは実際に半導体の特性試験を行っていきます。まずはカーブトレーサーを使ってパワー半導体(今回はNch-MOSFET)の静特性を取得していきます。

カーブトレーサーでは半導体メーカーの用意しているデータシートに載っているような特性について、更に詳しい値を実際の半導体部品から取得できる装置になります。ちなみに今回使用しているのはB1506Aというモデルです。

今回は標準的な3端子のMOSFETを用意しましたが、ほかにも4端子のものであったり、ディスクリートIGBT, パワーモジュール, ダイオード, BJT(バイポーラジャンクショントランジスタ)の特性なども取得することが出来ます。

装置の一番上のにある蓋を開けて、内部にあるソケットにMOSFETを差し込めばセッティングは完了です。一番下の機器にはタッチパネル式のモニターが付いていて、スタートを押すだけで測定が開始されます。

こちらのカーブトレーサーはなかなかの優れものとなっていて、従来品では大電流 / 高電圧 / 微小電流測定 / 容量測定のそれぞれを行う際に配線の切り替えを手動で行う必要がありました。しかしキーサイトのこちらのカーブトレーサーでは、中央のブロックにスイッチング回路が内蔵されており、自動で切り替えながら順次結果を取得してくれます。

また、今回は測定しませんでしたがこちらのカーブトレーサーで低温時や高温時の半導体の特性を測定することも出来ます。どうしても規模の大きくなってしまう恒温槽などを用意しなくても、こちらの一台で実験が可能ですので、もし興味があるという方は是非一度 キーサイトへ問い合わせ をしてみて下さい。

カーブトレーサーの試験が完了すると画面に結果が出ます。もちろんデータシートの形式でも取得できます。

こちらの測定結果については 前回の記事 にてくわしく紹介と考察をしていますので、まだ見ていないよという方は是非そちらの記事と、あとは YouTubeの動画 についてもご覧頂けると嬉しいです。

ダブルパルス試験も行ってみる

カーブトレーサーでの静特性の試験が終わりましたので、次はダブルパルス試験装置をつかってパワー半導体の動特性を見てみます。2台用意していただきましたが右側の若干小さめの方を使用します。PD1500Aダイナミック・パワー・デバイス・アナライザ/ダブル・パルス・テスター という製品です。

静特性の試験では電流と電圧の対応するグラフを作成することが出来ましたが、ダブルパルス試験ではその横軸を時間にすることが出来ます。半導体のスイッチング特性を見るときによく用いられる試験方法で、イチケンも以前 MOSFETの3端子と4端子パッケージ比較動画 で自作の基板を用いてダブルパルス試験を行っています。

さて、こちらのダブルパルス試験ですが、パワー半導体に大電流を流しますので、最悪の場合パワー半導体が「爆発」することもあります。ですので試験装置全体には防爆カバーがついています。

内部には測定対象を挿す基板・ゲートドライブ回路基板・その他プローブの接続端子があります。今回は3端子のMOSFETを測定しますので対応した基板に差し込んで → プローブ類を正しく繋げたあと → 防爆カバーを再び閉じれば測定の準備は完了です。

測定はノートパソコン等を接続して行います。測定中は計測器側にあるオシロスコープで波形を取得し、パワー半導体のターンオン/ターンオフ時のスイッチング損失であったり、ボディダイオードの特性などを見ています。

ダブルパルス試験ではとても短い時間の瞬間的な偏位を測定します。よって計測環境や治具周りのセッティングによって寄生成分などの影響を大きく受けます。計測をセットアップするオペレーターによって波形が変わることを防ぐような設計はもちろん、高周波成分まで考慮した補正をかけながらデータを取得するなど、キーサイトのノウハウが詰まった機器となっています。

一連の測定が終わるとパソコンにはこのように取得した波形が現れています。スイッチングの波形から測定した特性などもデータシートの形式で出力することが可能です。

測定結果のまとめ

測定結果の詳細については 前回のブログ記事 に譲る所ですが、結論から言うと、正規ルートから購入した本物と非正規ルートで手に入れた偽物では中身の構造からして全くの別物となっていました。

分解して内部の半導体チップの面積を見ると一目瞭然ですが、本物が大電流に対応したパワー半導体であるのに対して、同じ型番同じ刻印をもった非正規品は中身が低電流品にすり替わっていました。このような内部の半導体チップのサイズの違いなども、オン抵抗の差や寄生容量の違いといった形で取得データで測定できています。

こちらの測定結果についてもイチケンの事務所に持ち帰って詳細にレビューしています。動画と解説記事がそれぞれありますので、是非一度ご覧頂けると嬉しいです。

DCDCコンバーターの製作

さて、ここまででパワー半導体の特性試験と評価が終わりましたので、次はこちらのDCDCコンバータに組み込んで実際にどのような挙動を示すのかを試していきます。

今回制作したDCDCの定格は

  • 入力電圧:80 [V]
  • 出力電圧:40 [V]
  • 定格電力:1000 [W]

です。なお最大電力については使用するインダクタと、パワー半導体の冷却に影響を受けます。

基板上にはメインのスイッチング用にMOSFETが2つあり、手前にゲートドライブ回路が接続されています。こちらのゲートドライブ回路には秋月電子でも取り扱いのある「MCW03-12D15」で±15Vの電圧を生成して、MOSFETの駆動に使用しています。コストと回路規模は大きくなってしまいましたが、しっかりと駆動するうえでこだわったお気に入りポイントです。

今回製作したDCDCコンバータは降圧コンバータですのでインダクタが一つ基板上にあります。ただ、当初の設計段階でインダクタの選定を少しミスってしまい、動作させた際にすぐに磁化飽和してしまいました。そのためこの後の実験ではより大きめのインダクタに交換して使用します。

ちなみに基板裏面にも部品が実装されており、裏側にはフィルタ用のフィルムキャパシタが4つほど実装されています。ゲートドライブ回路部分もそうですが、できる限りMOSFETに近い位置に実装しようとした結果、このような部品配置となりました。

このほか入力・出力双方に電圧平滑化用の電解コンデンサを実装しています。

電解コンデンサについては入力側は1つですが出力側は2並列にしています。また、電解コンデンサはESRが大きいとそれだけ出力電圧のリプル成分も大きくなってしまうため、できる限りESRの小さいものとしてケミコンのKZNシリーズを選定1しています。

  1. ちなみに今回はケミコン様に事前相談してオススメ品をご提供頂きました。いつも大変お世話になっております。 ↩︎

実際に組み込んで実験

早速ですがこのような形で実験のセットアップが出来上がりました。電流と電圧をそれぞれ測定する用のデジタルマルチメーターと、大きめの電源の上にはプローブ類を接続されたDCDCコンバータが投げて置いてあります。

今回設計の都合と手持ちの部材の関係でMOSFETの冷却用のヒートシンクがわりと小さめになっています。放熱を促進するためにDCDCコンバータの真横にサーキュレーターを置いて強制冷却するようにしました。

実際に電源を投入して、出力側の電子負荷もオンにしましたが無事に動作しているようです。このあたりについては是非動画で一部始終をご覧下さい。

波形を見てみると

動作中の電圧波形をオシロスコープで見てみるとこのようになっています。それぞれ黄色が上側赤色が下側のMOSFETのゲート・ソース間電圧波形です。また、青色の波形についてはインダクタに流れる電流を表しています。

300W消費しているときの波形を拡大していますが、赤色の示す下側のMOSFETのオーバーシュートがかなり大きい事がわかります。今回使用しているIRFP260NPBFの定格パルス電流が200Vですので、ギリギリ定格に届いていないというか微妙にアウトな領域で使用していることになります。

なお、前述した通り今回はMOSFETに貼り付けているヒートシンクのサイズが小さいため温度上昇がきつめですが、短時間であれば650W程度流すことも可能でした。ただしこの場合オーバーシュートの電圧もより厳しくなってしまいますので、長時間動かすと壊れてしまいそうな感じです。

また、動作時の出力リプルは次のような波形になっています。

リプル成分自体はかなり小さく数十mVといった所です。ただしスイッチングノイズは大きく2V程度の振幅を持っています。今回は設計に盛り込んでいませんが、後段にLCフィルタを追加したり、基板設計そのものをもう少しノイズが出にくいよう気を使って設計することで改善は可能かと思います。

効率測定も実施しました

DCDCコンバータの効率測定も行いました。

グラフの横軸が出力の電力、縦軸が変換効率を表しています。本物と偽物で結構違う結果となりました。最も変換効率が良かったのはそれぞれ

  • 本物:110W出力時に97.3%
  • 偽物:75W出力時に97.3%

という結果でした。

出力が小さい時は本物も偽物もどちらも効率は優秀です。というか今回製作したDCDCコンバータ自体が思ったよりも優秀な性能を持っていました。しかし、本物は出力が大きくなったときの効率の下がり方が緩やかなのに対して、偽物はかなり勢いよく効率が低下しています。

例えば550W時の変換効率で比較してみると本物は95.3%、偽物は92%とかなり差が出ています。どちらのMOSFETを使用しているときでも全体の効率は出力が大きくなるにつれ下がっていきますが、偽物は本物以上にその下がり方が大きい結果となりました。

こちらのグラフは電力損失です。偽物のグラフが途中で途切れていますが、これはあまりにも電力損失が大きい(発熱が激しすぎる)ため測定を最後まで行うことが出来なかったためです。

500W出力しているときの損失で比較すると、本物が約27Wに対して偽物は約50Wという結果でした。だいたい倍程度損失しています。

サーモグラフィーで見てみると

動作中のMOSFETの発熱について、サーモグラフィで温度測定もしてみました。今回は370W出力時・サーキュレータによる強制空冷の条件で測定しています。

本物の発熱は65℃程度となっていますが、偽物では85℃程度が確認できました。ただし、サーモグラフィーで録画を回している限りではどこまでも温度上昇していきそうな発熱具合となっており、恐らく100℃程度までは簡単に温度上昇するのではないかと思います。

考察

カーブトレーサーで取得した静特性、DCDCコンバータでの効率測定や温度測定からも分かる通り、偽物のパワー半導体は正規ルートから購入した本物と比べて全体的に性能が低いと言ってよいかと思います。

なぜ性能が低いのか(損失が大きいのか)というと、これはMOSFETのオン抵抗と導通損失が関係しています。

回路中のMOSFETがオンしている状態の等価回路はこのような形で、抵抗として表すことが出来ます。これがオン抵抗です。(実際にはインダクタンス・容量成分などもありますが今回は割愛)

オン抵抗に電流が流れると導通損失が電流の二乗に比例する形で現れます。さきほど電力損失のグラフを取得した際にも分かる通り、出力が大きくなる≒MOSFETがスイッチングする電流が大きくなればなるほど電流の二乗で損失が増えるようなグラフとなっていました。

また、オン抵抗には流れる電流の値によってその特性が変わることもあります。偽物は電流を流すにつれオン抵抗が大きくなるという特性も測定で判明していますので、これが影響している可能性も高いです。

補遺

今回の実験では導通損失を主に計測しましたが、MOSFETにはスイッチング損失もあります。扱う電圧値がさらに高いDCDCコンバータを作成してみるとスイッチング損失の違いなども分かるかと思います。

今回のまとめ

というわけで今回は偽物のパワー半導体を手に入れてその特性を測定、また実際に自作のDCDCコンバータを作成して組み込んで試験まで行ってきました。

今回の実験を行う前からある程度予想していたことではありますが、偽物のパワー半導体では中身が正規品とは特性の異なるものになっており、DCDCコンバータに組み込むと全体の効率が低下するという事がわかりました。

また、キーサイト社にお邪魔して本物と偽物のパワー半導体をカーブトレーサーとダブルパルス試験装置で測定してみると、その実験での効率の違いを裏付けるように特性が全く違うことがよく分かる結果となりました。非正規ルートの怪しい部品は使わずに、正規ルートから購入した本物のパワー半導体を使用することが大切なようです。

また、偽物との比較だけではなく、用途に合わせたパワー半導体(今回はNch-MOSFET)の特性を見極めるということにもこれらの測定装置は使用できます。データシートには書かれていない情報を揃えるために使用したり、あとは故障解析などに使用されることもあります。

興味のある方は一度キーサイトの製品情報を確認してみると良いかと思います。

それでは今回も最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。

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